「かしこくてかわいくて優しい私と出会えて結婚できたんだからあなたの人生ってこれからどんな悪いことがあったとしても最終的には最高の人生だよ」
20年前、西陽がさす寝室で私が最初の夫にいった言葉を思い出す。
有頂天だったのだ。
最初の夫は、大学の先生で、美しく、本を出せばたくさんうれて、メディアにも出ていたので大層モテていた。だから列を成した他の女を薙ぎ倒して自分を選ばせたことに酔っていたし、それを自覚して楽しんでもいた。
遠い日々。
私は20代で望めば何もが手に入れられると信じて疑わなかったし、愚かにも手に入れたものはずっとそこにあると思っていた。
最初の夫は死に際に私に絵葉書をくれた。私たちはとっくに離婚していたけど。
乱れた文字に彼の老いと闘病による疲れがみえて、私は濃青の万年筆でかかれたそれを読むためには呼吸を整える必要があった。
「僕の人生は、かしこくてかわいくて優しいあなたと出会えて結婚できたんだからどんな悪いことがあったとしても最高の人生だよ。だから死ぬのは少しもこわくない。最高の人生をありがとう」
葉書を受け取った私は30代で、最初の夫の次の次の夫との間にできた赤ちゃんをだっこしながらそれを読んだ。
途端に三鷹下連雀のマンションの西陽の当たる寝室を、カーテンの影を、シーツの白さを、彼の笑顔を思い出して目の前がチカチカした。
「死ぬのは少しもこわくない」と私に伝えて一週間後に最初の夫は亡くなった。絵葉書にはふたりでよく行った庭園美術館のものだった。
先生、本当に死ぬのはこわくなかった?
最高の人生だった?