もってあと数日と今日獣医に言われた猫が私の胸の上でぐるぐると喉を鳴らしている。
電車を乗り継いで連れて行った大学病院の獣医師がもうここまできたら何もできないから最期はおうちでと言ったのだ。
「死ぬんですか?」
と尋ねたら獣医は口を噤んだ。
死なないよね。
胸の上の猫は温かい。
ガリガリに痩せた体で口からは舌が出ているけど、温かいし、撫でると嬉しそうに頭を私の手のひらに押しつけて目を細める。
「いい子だね」
いつものようにそう声をかける。
いい子、死ぬの?
死なないよね。
きっと何かの間違いだから。
まだ、身体はこんなに温かい。
緑色の目はこんなにきれい。
大丈夫。
大丈夫だから。
心配しないで、お母さんの上にいたらいいよ。
何もかも大丈夫。
大丈夫、いい子だね。
もうごはんが食べられなくなって何日も経つのに私がキッチンでガサガサと食材を出していると(ごはん?)という顔で側に来る。
キャットフードを出してあげるとクンクン匂いを嗅いで不思議そうにこちらを見る。
大好きだったごはんだよ。
あんなに大好きで夢中で食べていたごはんだよ。
食べて。
少しでいいから食べてよ。
お願いだよ。
食べて。
「食べて」と叫びそうになるけど、もちろん叫んだりしない。
食べずにエサ皿の近くに香箱座りをした猫の背中を撫でる。
骨張ってしまった背中が愛おしい。
食べたいね。
食べれなくて嫌だね。
食べたいのに体が受け付けないなんてひどいね。
そんなのあんまりだよね。
背中を撫で続ける私の顔をジッと見ている。
揺るがない瞳には少しの弱さも諦めもない。
強いね。
あなたはいつも強くてきれい。
いい猫だね。
素晴らしい猫だよ。
私と一緒にいて幸せだった?
命ってなんだろうね。
必ず消えるそこにあるもの。温かい、優しい、強い、柔らかい、愛おしい命。
「いい子だね」
もう2度とあなたが元気な姿が見られないのが辛いです。
もう2度とあなたが美味しそうにごはんを食べる姿が見られないのが辛いです。
これは私のわがままだから、情け無い過去への執着だから、弱い私なんて気にしないで、あなたは好きにしてね。
食べなくてもガリガリでも治らない病気でもあなたは素晴らしい猫だよ。
情け無く泣く私を少しだけ許して。
こんな風に泣いたりしても私はごはんを食べるんだよ。
仕事に行くんだよ。
子どもと笑い合うんだよ。
本当になんなんだろうね。
生活しなくちゃいけないんだよ。私は人間で家庭があって仕事があるから。
クソくだらないよ。
猫が寝室に行ったので、パスタを茹でてバジルソースを絡めて一口食べて捨てた。
死なないでほしい。
ずっと温かい体で私の側にいてほしい。