先週はインフルエンザに感染してしまい激しい悪寒、高熱、関節痛の中で育児をしていました。
息子はヨロヨロの私に大層優しく、高熱でぼんやりと火照った心身にその優しさは清冽な水のようにするすると染み渡り私を優しさで満たしました。
「優しくしてくれてありがとう」
と言うと、
「しんどいね。大好きだよ。お母さんがいつも僕に優しくしてくれるから、優しくできるんだよ」
と答えました。
私は優しくなんかありませんでした。
母親として優しく接する必要があるから優しい態度を取るだけ。
責任と義務で優しくしてるだけ。
そんな母親になるのだろうと思っていました。
産むまでは、息子と出会うまでは。
息子を産んで、責任感や義務感からの優しさではなく、胸の内から溢れる愛情に戸惑いました。
私に優しさなんてあったのかと。
だって、私はいつもやり過ごしてきました。
私にとって人生はしたいことをしたり、楽しんだりするものではなく、とにかく、とにかく、やり過ごすものだったのです。
私はその時々をとりあえず、その時すべきことをしてやり過ごしてきました。
子どもの頃からずっと。
ずっとどうやってやり過ごそうかと考えてきました。
したいことは何もありませんでした。
それを見つける希望もエネルギーもなかったから。
ただ、その時々で1番楽そうな、自分にとって損にならないことを何となく見つけて、取るべき態度をとり、話すべき言葉を選んで口に出してやり過ごしてきました。
笑顔を作って。
そこに心はありません。
何も思ってません。
何もない。
心はない。
やり過ごすことだけを考えていたのです。
いつも。
何かから逃げるように。
見つからないように。
バレないように。
私は、劣っているから。
私は、人並みに何もできないから。
私は、みんなを不快にするから。
大人になって、好きな研究や好きな仕事をやるようになり、そこで評価されることで、随分と自己嫌悪はおさまりましたが、それでも心の根底には、いつも自分はダメだという思いがありました。
頭の中に自分を否定するもう1人の自分がいて、いくら仕事がうまくいっていても、いくら成果を出して評価されたとしても、「こんなものぐらいなんだ?お前はどうせお前なんだから、どうせ何もできないんだよ。こんなのまぐれだ。お前は何もできない。ずっとそうだっただろう。忘れるな。調子に乗って忘れるなよ。自分がまともじゃないことを。自分が何も普通にできないことを。存在が迷惑だということを」
と言うのです。
その声は、野太い男の声で、父の声にそっくり。
私は、ああ、そうだと我に返ります。
調子に乗ってはいけない。いろいろ出来るようになって、評価されて、働いて都会に一人で暮らす私は本当の私じゃない。
本当の私は何もできないんだから。
本当の私は、地方都市の公立小学校で教壇の真ん前に机を並べられ、教師に「今度あなたが忘れ物をしたら、班の連帯責任にします。あなたの班は毎日放課後残って反省文を書いてもらいます。自分の班の人に今から謝っておいた方がいいんじゃないの?どうせまた忘れ物わするんだから。ほら、今、前に来てみんなに謝りなさい!」と言われて途方に暮れている。今も。そこから動けないでいる。
調子に乗ってはいけない。
私は劣っているのだから。
みんなの迷惑なんだから。
なんとかやり過ごさないと。
私が普通じゃないとバレないようにしないと。
ずっとずっとそう思って生きてきました。
勉強も研究も仕事も結婚も離婚もやり過ごすために過ぎなかったようにも思えます。
夫との結婚は違いましたが。
やり過ごすには、彼の持つ劣等感があまりにも自分のものと似ていましたから。
だから劣等感を誤魔化すため、やり過ごすための結婚というより、火の中に飛び込むような結婚でした。
なんでそんな結婚をしたのか、今となってはよく覚えていません。
衝動としかいいようがないものでした。
そして火の中に飛び込んだ私に息子がやってきました。
やり過ごすことを許さない激動の育児。
ぶつかり合い自我と自我。
やり過ごすことなく、初めて他人と向かい合いました。
あんなに恐れていた他人と向かい合いこと。つまり自分と向き合うこと。
どんなに傷つくだろうと思って怯えていたのに、柔らかい気持ちになりました。
ぶつかり合っても壊れない。
ちゃんと相手を見て考えていれば、関係は壊れない。
そうなのか。
人と人の関係は、こんなに柔らなものなのか。
どんな人間関係もそうだと思うのですが、他人と経験を共有し、共感し合い、時には反発して、創り上げるモニュメント。
ひとつとして同じ形のものはありません。
そして私と息子との高くそびえるそれは、とてもとても壊れそうにありません。
今も隣で眠る息子を見ていると、その白い頰、健やかな寝息、彼の体温に、胸が熱くなります。
なんなんだろうこれ。
大事大事大事大事大事大事大事大事大好き大好き大好き大好き大好きって感じ。