産後、夫婦2人だけで赤ちゃんのお世話をしようと奮闘していたけれど、私の精神状態は日に日に悪くなり、夫との関係も険悪に。
夫はできることはなんでもすると在宅勤務にしてくれたし、毎晩息子と寝てくれたし、家事も、育児もしてくれました。
しかし、夫が在宅勤務を開始してくれた産後半年の頃には、私の心身はすでにめちゃくちゃで、眠れない、食べられない、動悸、ひどい焦燥感、身体はカチカチ、目はギラギラ、夜はウトウトしては何度もびくりと目を覚ますことを繰り返し、何度も起きては自分が不甲斐なくて息子を育てる責任の重さに泣きはらすという毎日。
体調もなんだか日に日に悪くなり、ひどい動悸で息ができなくなってトイレで意識を失ったり、お風呂でも意識を失ったりしていました。
(その時は貧血かな?と思い、息子の育児に夢中で気にしてなかったのですが、心疾患でした。)
そして、その時はもうすっかり夫を敵と認識していたために、自分の弱味を夫に見せるものかと、夫の前では、できる限り私は大丈夫ですという風に演じていました。
あなたはさぞかしご立派なお仕事をしているのでしょうけれど、私だってしっかり育児をしてますからね!と。
自己管理だってしっかりしています。
私はちゃんとした母親です。
赤ちゃんはとてもかわいいです。
そうです。
どれだけ、心身がめちゃくちゃな状態でも赤ちゃんは、息子は、毎日眼を見張るほどの可愛さでした。
見るたびに驚くほど可愛くて、愛おしくて、胸が熱くなりました。
光みたい、とよく思いました。
いるだけで周りを照らす、明るくて、輝かしい光。
私のところに来てくれた光。
とても現実じゃないみたい。
なんてかわいいんだろう。
命って光だったの。
大事大事大事大事。
そんな大事なこの子の、この素晴らしい子の未来を自分が担っていると思うと、武者震いするように気持ちが猛り、育児書を読み漁り、育児、発達心理系の文献を収集し、データを集め、息子を観察して、データに即した最善の対応を試み、おもちゃを手作りし、童謡を歌い、手遊びをし、(もちろん厳選した)絵本を読み聞かせました。
各月齢によって一番よいとされる遊びを、朝と昼には外遊びを、必ず毎日同じ時間に朝寝と昼寝を。
ベビーカーもベビーバスもバウンサーも哺乳瓶もオムツもベッドもベビー服もテレビ番組も空調も住環境も出かける場所も全部全部全部、この子にとって一番良いものをと選びました。
そうやって1人でやってきたところに夫がさあ、在宅勤務にしたよ。これからは僕が育児も家事もやるよ。君はゆっくり身体を休めておくれと言われてもね。
土日も研修だなんだといなかったのに?
ほとんど毎日夜中に帰宅していたのに?
産後2週間の時にドイツ出張に行く気でいたよね?誰の助けもないのを知った上でね。
料理なんてできないでしょ?料理ができないのに家事?
私がつわりの時も産後すぐの時も作れなくて、ピザとかコンビニだったじゃない。
育児だって、あんた土日とかさ、息子と散歩に出かける前に1時間半は身支度してるよね?シャワー浴びて髪をセットしてさ。1時間半も子ども待てないから。朝の散歩の時間終わるから。
あんたが馬鹿みたいにドライヤーガーガーやってる間に行って帰ってくるわ。
私なんかもうずっと髪も梳かしてないし、顔を洗えない日も多いし、お風呂だってゆっくり入りたいし。
入ればいいじゃん?
はあ?
あんた毎日何時に帰って来てたか忘れたの?
赤ちゃんのお風呂はずっと私が入れてますけど?
はあ?
これから?
はい、これからは入らせていただきますね。ありがとうございます。
在宅勤務ありがとうございます。
私が不甲斐ないばかりに申し訳ことです。
ねぇ、なんでも相談してねって言われたんでしょう?秘書に。
秘書に相談しなよ。
妻の頭がおかしいから別れたいって。
挑発してる?
そう。
ごめんなさい。
私は2人で育児がしたかった。私は社会から断絶されたくなかった。私は赤ちゃんがとてもかわいい。とてもとてもかわいい。それなのに私は子どもを産む女という性として生きることが今とても辛い。母親というものになったことが息苦しい。
赤ちゃんはこんなにかわいいのに。
なんでもしてあげたいのに。
こんなことを言ってもわからないでしょう。
そうだね、僕に言われても仕方ないね。
その通り。
何にも解決しない。
それでも口に出したかったの。
パートナーだと思っていた人にきいて欲しかったの。
(それで満足?僕が愚痴をきいて君は満足?)
満足…?
満足したかったわけではないの。私はあなたを見限りたいんだと思う。
困ってるのね。
ごめんなさい。
頭がおかしいの。
在宅勤務にしてくれてありがとう。
理解してほしいという気持ちはなくなったけど、育児をしてくれるのはとても助かる。
(じゃあ、君はどうしたいの?僕がどうしたら満足なの?)
交代してくれたら。
母親と父親を交代してくれたら。
社会的な女と男を交代してくれたら。
全く対等な立場で2人で育児がしたかったの。
(現実的な話をしよう)
そうだね、現実的ではないね。
(また、仕事をしたらいいよ)
そうだね、時短で、育児をしながら、たいした収入も得られずに、夫の収入に頼りながらね。
(産んで後悔してるの?僕に何がしてほしいの?)
後悔してない。
仕事を何年かセーブしなくちゃいけないこともわかって産んだ。
たぶん、ただ慣れないだけ。ずっと男の人と同じ土俵でやってきたから。そこで成果を出して来たから。女に慣れないだけ。母親にも。
何かしてほしいわけじゃない。
フェミニストになって問題を解決したいわけでもない。
折り合いの付けどころがわからないだけ。
結論の出ない話し合いで無駄な時間を過ごしたと思ってるでしょう。
結論がないことが苦手だものね。
話をきいてくれてありがとう。
こうやって嫌われていくんだなと思うと寂しいような愉快なような清々しい気持ちになってその日はよく眠れました。
よく眠り起きてみると夫が素晴らしい人のように見え、体調も少しは良くなり、明るい気持ちになりました。
夫に八つ当たりしたことを詫びました。
私はなんでもできる。
私は女で母親だけどなんでもしてやる。
今は赤ちゃんが一番だけど。
だけど、なんでもできる。
久しぶりにそう思えました。
夫にいろいろ話したのが良かったのかもしれません。
夫は全部わかっていて聞いてくれていたのかもしれません。
そんなことはないと思いますが。
そして夫は頭のいい人なので私が救い難く狂ったなら容赦なく捨てるだろう。
だから安心だと思いました。
早く見捨ててくれと思いました。
母親という役割の責任感にがんじがらめになっていた私は、せめて妻という役割からだけでも逃れたいと思ったのです。
まあ、夫は私を捨てずに出来ることを全てやりきり、そして自らも狂ったのですが、それはまた別のお話。