子どものいる生活

息子のこと、元夫のこと、私の生活のあれこれ。順風満帆。

息子のお喋りがしんどい日

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深夜2時にパンケーキを焼いている。

猫も息子も寝入っていて静かな家の中をパンケーキの焼ける甘い匂いがただよう。

 

今日の私は息子に優しい母ではなかった。

パンケーキの生地にポツポツと開いた穴を見ながら甘い匂いで持ち上げようとしていた心がまた落ち込んでゆく。

穴が開いたらひっくり返し時なのだけど、勢いなくひっくり返されたパンケーキの生地はだらしなく横に広がり焼きムラができている。

材料をきちんと計量しなかったから生地が緩いのだ。

こんなにもきちんとしてない私なのに。

私は威張りたいだけなのかもしれない。

それはなんて醜い。

 

今日、夜寝る前に息子が「お腹が空いた。おにぎりが食べたい」と言った。

夕飯をあまり食べなかったからお腹が空いてしまったのだろう。

子どもにはよくあること。5歳の子に先を見通して行動する力はそれほどないのだから仕方ない。怒るようなことでは全然ない。現にこれまで同じことをされても怒ったりしたことはないもの。おにぎりが食べたいなんてかわいらしいお願いじゃないの。

「いいよ」

いつものようにそう言ってささっと作ってきてあげればいい。

ツナマヨおかかの俵型の小さなおにぎりを2つ。頂き物のおいしい蒲鉾があるからそれを添えてあげたら喜ぶはずだ。

それなのに。

「もう遅いのに」

「あなたが一日中お喋りするからお母さん少し疲れちゃった」

そう言って私はため息をついた。

急いで謝って、今日は少し疲れてるからと言い訳して、急いでおにぎりを作りにキッチンへ行った。

息子は傷ついた顔をしていたと思う。

息子は私とお話しするのが大好きだから。

 

疲れていたのは本当で、今日は息子が外出したくないと言うから一日中家にこもって2人で過ごしていたので、息子のお喋りに、止めどなく続く私へのお願いに、正直に言うとうんざりだった。

「お母さん、レゴで戦いごっこをしよう」

「お母さん、色水を凍らせる実験をしよう」

「お母さん、折り紙でお相撲を作って戦おう」

「お母さん、土俵を作って」

「お母さん、お相撲がうまくおれない」

「お母さん、この折り紙じゃない両方に色がついた折り紙はどこ?」

「お母さん、紫陽花と四つ葉のクローバーも折り紙で折ろう」

「お母さん、粘土でケーキを作ってケーキ屋さんごっこをしよう」

「お母さん、紙でお金を作って」

「お母さん、僕をお膝に乗せて滑り台にして」

「お母さん、

「お母さん、

「ねぇ、お母さん?

「お母さん!

わかってるこれは普通のこと。

お母さんお母さんお母さんは微笑ましい子どもとの日常。

楽しい時間。

かけがえのない。

あと何年か後には宝物になるはずのあたたかなひと時。

わかっている。

わかっている。

しかし辛い日もある。

今日は辛かった。

仕事が忙しかった上に、猫の病気と通院あり、疲れていた。

猫の病気は精神的にかなり辛かった。

幸い早い治療が功を奏して猫は奇跡的に元気になったのだけど、私の中の疲労は猫が回復した後もずっしりと重く心身に残っていた。

もちろん、息子は悪くない。私の都合。疲れているから息子を邪険にするなんてあってはならないこと。

わかっている。

 

焼けたパンケーキを皿に移してメイプルシロップをかけて立ったまま食べる。

薄甘いパンケーキにじんわり染みたメイプルシロップ。匂いばかりが美味しそうで食べてみると肩透かしのようなぼんやりした味のパンケーキだった。おいしくない。

それでもどんどん切ってどんどん口に入れていく。

味なんてどうでもいいのだ。

口の中を腹の中を埋めてくれればそれでいい。

空いているところをどんどん埋めていかないといけないのだ私は。

早く早くとパンケーキを口に運ぶ。

埋めないといけない。

埋めないと考えてしまう。

頭の中を埋めてくれ。

頭の中を甘さで埋めていれば甘さを幸福と勘違いした馬鹿な脳が考えるのをやめてくれるから。

埋めて。

全部。

 

食べ終わると虚しさとおかしさがやってくる。

それでいいと思う。

私はそれでいい。

 

息子にはもちろんおにぎりを作った。

2つ。

蒲鉾も添えた。

喜ぶように。

私が作ったおにぎりを食べている息子の横顔を思い出す。

ぷっくりとした頬の膨らみ。

長い睫毛。

額に張り付いた黒い髪。

きちんと正座していたので、ピンク色の足の裏が目についた。

小さなピンク色のあんよ。

まだまだ小さな私の赤ちゃん。

 

息子はおにぎりを食べている間、一言も喋らなかった。

お喋りな息子が喋らないなんて。

食べ終わるとお茶をごくごくのんで、洗面所に行って歯を磨いて、何も言わないで部屋の電気を消すと、私の横ですっぽりと布団にくるまった。

そして「お母さんは、お喋りが好きじゃないんだね。ごめんね」と言った。

落ち着いた優しい声で。

「息子のことが大好きだよ」

と私は言った。

息子は「うん」と言った。

「知ってるから大丈夫だよ」と。

「息子とお話しするの好きだよ。今日は少し疲れていたから」

また言い訳をした。

「うん。大丈夫。おやすみなさい。お母さん」

「おやすみなさい」

ごめんなさいみたいなおやすみなさい。

少しも傷つけたくないのに。

少しも悲しい思いをして欲しくないのに。

私は息子にとって強者なのだ。

彼を自分の感情でコントロールすることは何よりやってはいけないことなのだ。

どうしてわかっているのに間違うのだろう。

私の父のように、母のように私はなりたくない。

なりたくないよ。

助けてよ。

誰に?

助けられる?

誰に?

誰も私を助けられないのは知ってる。

私は誰も必要としてない。

信じてない。

生き残るためには強くなるしかない。

自分でなんとかするしかない。全部。

パンケーキで脳を騙しながらでも。

知ってる。

大丈夫。

息子を愛している。