スーパーで買った山芋をすって、お醤油を少し垂らして、焼き海苔に包んだら、ジュージューと油で揚げる。
油の匂い。
夕暮れ時。
ベランダに面した大きな窓からは、オレンジ色の大きな夕焼けが見える。
息子は彼専用の小さな椅子にちょこんと座って折り紙で何かを折っている。
後ろ姿の首筋が夫に驚くほど似ていて不思議。一緒に生活していないあの人の子ども。私達の子ども。
山芋を海苔に包んでどんどん揚げていく。
ジュージュー。
部屋の中は海苔とお醤油の香ばしい香りが充満してるから、私は自分がちゃんと生活しているちゃんとした母親になったような気して、可笑しくて楽しい気持ちになる。
お正月に友人がくれたワインを飲む。だって早く飲まないと味が変わってしまうからと誰にも責められていないのに頭の中で言い訳して。
濃くて渋いワインを飲みながら、人参を千切りにする。
トントンとリズミカルな包丁の音。
大根も千切りにする。
さつまいもも千切りにする。
ネギを刻む。
こんにゃくを千切る。
豚肉を切る。
全部を鍋に入れて豚汁にする。
鍋からは湯気がもうもうと立っている。
昔、うんと小さい頃にテレビで観た『日本昔ばなし』の囲炉裏にかけられた粥を煮る鍋みたいだと思う。
婆様が木の腕に並々と注いで、旅人に食わせてやるのだ。
ワインをごくごく喉を鳴らして飲む。
ワインをくれた友人の顔が思い浮かぶ、泣いた顔が思い浮かぶ。
「さみしい」と言ったのは本心だろうか。
どうか彼も温かいご飯を食べていますように。
旅人に食わせてやる婆様に私はなれないから、どうか自分で温かなものをたらふく食べいますように。
豚汁が煮えた。いい匂い。冬の食卓の匂い。
折り紙を折っていた息子が退屈して「お母さん、ねぇ、お母さん」と私を呼ぶ。
「もう少し待ってね」と答えたが、待てない息子が私の脚にまとわりつき、丈の長いスカートの中にすっぽりと入ってくる。
スカートの上から、「かわいい赤ちゃん、生まれておいで」とくすぐると、大笑いしながら出てくるという私と息子のいつもの遊びをする。
何回でも大笑いしながらスカートから飛び出てくる息子の愛らしさよ。
「さあさあ、もうお椅子に座ってちょうだいね」と息子を促し、冷蔵庫からお刺身とカボチャの煮物を出して食卓に並べる。山芋の海苔巻きと豚汁を食器に盛り付けて食卓に運ぶ。
「いただきます」
「いただきます」
外はもうすっかり暗い。
家の中はとても明るくて、暖かくて、いい匂いがして、息子は可愛くて、ご飯はとてもおいしい。まるでマッチ売りの少女がみる夢のよう。
この夢のような幸福の中に私はいるの。
与えられたのではなく自分で作り上げたの。
私は幸福なの。
外の暗闇に挑戦するような気持ちで繰り返す。
私は幸福なの。
ぽっかり空いた暗い穴に落ちないように繰り返す。
私は幸福。ご飯はおいしい。大丈夫。まだ大丈夫。
そうでしょう?
雪
雪がふっている
さびしいから 何か食べよう