「ハート!」
そういって息子が私と夫の手をくっつけてハートの形らしきものを作った。
公園へ向かう途中で、私達は、息子を真ん中にして3人で手を繋いで歩いていた。
「ハート!」
もう一度、息子が私と夫の手をくっつける。
うれしそうに笑って。
私も笑う。
夫も薄く笑う。
夫の手は骨張っていて冷たい。思い思われていた頃は寸暇を惜しんで繋いでいた手。
その時と変わらない手に今は何も思わない。それをさみしいとも思わない。愛をなくしたさみしい中年女の強がりではなく。
夫の手は骨張っていて冷たくて心地よく安心そのものみたいに感じる。この手は私にもう幸福も不幸も与えないし、私の幸福も不幸も私だけのものだと教えてくれる。それは堪らなく安心なことだ。
梅雨の濃い湿度に鮮やかな木々の緑が滲む広い公園の中を3人で手を繋いで歩いてゆく。
繋いだ手をぶんぶん振りながらどんどん歩く。
息子の笑い声が耳に心地いい。
不意に「お母さんは僕を生んでなかったらどうやって生きてたの?」
息子が私に尋ねた。
「わからない」
「わからないけど、今より楽しくなかったと思う」
もしかしたら今より楽しかったかもしれない。でも今より楽しい生活は想像できない。
色のない絵には、色のある絵には、それぞれ良さがあるだろう。それぞれの美しさがあるだろう。でも私にはもう色のない絵の美しさがわからなくなっていた。
息子との鮮やかすぎる極彩色の日々を愛していた。
そういうこと。
「ふふふ、だろうね」と息子は納得したようだった。
私はこの子がとても好き。
愛おしくてたまらない。
なんだってできる。
この子の幸福以外の全てはとるにたりないと思える。
それなのに、空を見上げると空いっぱいに感情が広がるのを感じる。
曇った空、今にも降り出しそうな黒い雲。
梅雨が明けると、また夏が来る。
夏は夫が狂った季節で、夫と離れ離れになった季節だ。
私は夏にまつはる不幸な感情を忘れたふりをしてこれまで過ごして来た。
そろそろ忘れたふりを止めようか。やめてみようか。
ねぇ、そうしようか?
夫に目を向けると、よく知った顔がこちらを見返す。困ったような顔。
どうして困るの?
どうしてあなたは私から逃げるの?
私が怖いの?
私は見ている空いつぱいに広がる感情をどう縮めることも出来ない。
でも、はっきりした感情であなたを考へたくはない。
自由でいたいから。
幸福も不幸もあなたから与えられるのは真平だから。
私はただ3人で手を繋いで歩いていたい。
もう愛したくも憎みたくもない。
空いっぱいに広がった感情を凧の糸を手繰るようにするすると自分の元に引き寄せる。
そう、それでいい。
池が見える。
あそこで魚を獲りましょう。
3人で笑い合いながら。
なんの問題もない幸福な家族がそうするように。
上手にたくさん獲りましょう。
雨が降る前に。