早起きした息子と公園の原っぱを散歩しているとごおと風が吹いた。
遮るものが何もない大きな公園の人もまばらな原っぱで感じる風は、どんなに強くても、どんなに髪をボサボサにしても気持ちいい。
私の履いている長い緑色のスカートが勢いよくはためく。
広がったスカートを見て、息子が「お母さんお姫様みたい」という。
私を喜ばそうと、くたびれたおばさんを「お姫様」なんていう子の気持ちがうれしくて「ありがとう」とお礼をいった。
「本物のお姫様になりたい?」
風に吹かれながら息子が私に問う。
「いいえ」
子どもの頃からお姫様になりたいと思ったこたは一度もない。
童話のお姫様にもディズニーのお姫様にもどこかの王国のお姫様にも憧れたことのない子どもだった。
皆、美しく着飾りながらもあれこれと大変そうで、めんどくさがりやの私はそんなのはとてもじゃないけど嫌だと思っていた。
三年寝太郎に心底憧れた。
「じゃあ、何になりたいの?魔女?妖精?怪獣?」
「怪獣!」
風の音に負けまいと声をあげて答えた。
怪獣がいい。
大きくて強くて乱暴で傍若無人な怪獣になりたい。
「怪獣?どうして?」
ぷくぷくの頬に長い睫毛、寝癖のついた柔らかい癖っ毛のかわいらしい坊やが不思議そうにきく。
あなたを守るために。
あなたに降りかかる全ての悪意から全ての災害から全ての不幸からあなたを守りたいから。
完璧な強さで。
醜さで。
手に負えない乱暴さで。
誰もが恐れる恐ろしさで。
でも守るためになんて言わない。
私のことなんて気にせず生きてほしいから。
「怪獣は強いから」
「強いから?お母さんは今も強いじゃん。怪獣より強いし怪獣より怖いよ」
「そうなの?」
「うん。お父さんも怖いって言ってた」
「そうなの?」
「うん。だからこれ以上強くならなくていいよ。お姫様になったほうがいいよ。絶対」
「ふふふ。守りたいものがあると強くなるし怖くなるんだよ」
「守りたいものって僕とお父さん?」
「そう」
「お母さんは、僕とお父さんのことが大好きなんだね」
「うん!」
風が強い。
ごおごおごおごおごお
息子が手を伸ばし私の手を握る。
ごおごおごおごおごお
2人で歩く原っぱははつ夏の匂い。
私は何があってもどんな不幸からもあなたたちを守るよという気持ちでどんどこ歩く。
湿った息子の小さな手。
今日はいいお天気。