夫と別居後、息子はずっと夫のことを恋しがる。
保育園から自宅に帰ってくると玄関で毎日「お父さん、きっと今日はおうちに帰ってきてるよ!きっと!息子(名前)~って言いながら階段降りてくるよ!きっと!」と私に言う。
そのたびに、胸が痛む。
「お父さん、まだ病気みたいだね。今日はお母さんとお風呂に入って寝ようね」と答えると、笑顔で、「お母さん、お父さんの病気すぐに治るからね!大丈夫だからね!」と言ってくれる。
たぶん、私が悲しそうな顔をしているから。
お父さんは病気だから今は離れて暮らさなくてはいけないと伝えてある。
一緒に暮らせるのがうんと先かもしれないと伝えてある。
それでも、息子は不在の父親を恋しがる。
何を見ても「これ、お父さんと見た!」「これ、お父さんと乗った!」「これ、お父さんと食べた!」と言う。
もちろん事実とは違う。
2歳の子どもの願望と現実が曖昧な部分なのだと思う。
私にとって夫は38年の人生の中での3年を過ごした相手に過ぎない。
でも息子にとって夫、父親は、彼の人生のほとんどすべてを共に過ごした人物なんだなと思う。唯一無二の存在なのだと。
生まれた瞬間からずっと自分の傍にいて、毎日、おむつを替えて、言葉を理解するうんと前から毎日自分に話しかけてくれた人、毎日一緒に眠って夜泣きに対応してくれた人、ミルクを飲ませてくれた人、ご飯を食べさせてくれた人、そこにいるのが当然の人。
そんな人が突然、居なくなったのだから不思議なんだろうね。
夫は私と同等程度に育児をしていたので、よけいだ。
息子が生まれてから夫はほとんど残業はしなかったし、週2勤務にして育児を担ってくれていた時期もある。週末だけ一緒にいた父親とは過ごしてきた時間の長さが違う。
「ストレスになるので家族には会わないように」と夫に指導している主治医は、父親なんていなくても問題ない、母親だけでも子どもは育つと思っているのかな。
もし母親が双極性障害でも育児が患者のストレスになるからと患者の子どもと3カ月も会えないようにするのかな。
その間父親一人で子どもを育てるのが当たり前のことだと思うのかな。
夫の精神疾患で、夫の借金で、もうすぐ自宅を出なくてはいけない。
息子の生活は変わってしまう。
大好きな保育園も、仲良しの友達も、いつもあそぶ公園も児童館もお別れ。
彼には何の罪もないのに。
そん苦渋の別れの時にも、さっさと一人自宅を出て暮らしている夫は、週に3度もライブに行き、サッカー観戦に出かけていると言う。
その時間とお金を息子のために使えない?
せめて使いたいと思わない?
そう思ってしまう。
主治医に「好きなことに時間を使うように」と指導されたらしいからそんなこと言えないけれど。
精神疾患の家族は治療に必要だと医師に言われれば、もう何も言えない。
病気なんだから。
病気なんだから。
病気なんだから。
今日も息子の「お父さんは?」の問いかけに歯を食いしばって、口の中で繰り返す「病気なんだから」と。
私ががんばらなくちゃ。
父親がいないぶん、愛情を与えなくては。
父親がいないぶん、稼がなくては。
父親がいないぶん、きちんと家事もしなくては。
全部、全部、ちゃんとしなくちゃ。
さみしい思いをさせているのだから、この子に苦労を掛けるのだから。
もっとちゃんとしなくちゃ。
いつもその思いで頭の中はいっぱい。
立ち止まると、考えると孤独と不安で動けなくなるから止まらないし考えないけど、たまに震える。
馬鹿馬鹿しくてさみしくて。
なんだよ、双極性障害って。
くそがと思う。
ねぇ、去年、発病して病識のないお前を誰がなだめすかして精神科に連れて行ったの。
ねぇ、誰が入院の度に泣きながら保護入院の書類にサインしたの。
ねぇ、誰が音信不通だったお前の父親に連絡を取って経済援助をお願いしたの。
ねぇ、誰が解離状態のお前に添い寝して、「お母さん」と呼ばれながら落ち着くまで背中をさすったの。
ねぇ、お前の会社のやつに呼び出されてどこに行ったか知りたい?どうしてお前がまだあの会社にいられるか知りたい?
医者もお前もお前の会社の奴もみんなくそだよ。
ほんとにくそ。
なんで息子に会いたいって思ってくれないの。
なんで。
そう思ってくれたら全部許すのに。
全部、全部、許すのに。
私に許されたいなんて少しも思ってないのは知ってる。
発達障害の特性があり追い詰められると周りが見えなくなるあなた。
病気で多額の借金があるあなたには私も息子も重荷なんでしょう。
自分のことで精いっぱい。
むしろ自分からも逃げたいくらいでしょう。
なんで自分がこんな目に、なんでこんな面倒なことになったんだ。
結婚しなきゃよかった。
子どもさえできなきゃ自由だったのに。
健康な精神が、ゆとりある生活が、恋しいでしょう。
今はせいぜいそう思っていると良いよ。
でも息子があなたを恋しがらなくなったら?
私があなたを息子の父親として必要としなくなったら?
さて、私はあなたをどうするでしょう。
あなたを憎むのは見当外れだ。
病気なのだから。
知ってるよ。
でも憎む方が楽なんだよ、許して。
病気じゃないあなたに会いたいよ。
手をつないでコンビニに行きたい。
隣で眠りたい。
笑いあいたい。
家族で暮らしたい。