息子が寝てからの時間が一番きつい。
叫びそうになる。(何を?)
狂いそうになる。(のうのうと生きてるお前が?)
気がつくと呼吸をしていなくて、息子の寝息に我に返って口からはっはっはと短く息を吐く。
喉の奥が引っかかって長くは吐けない。
ラマーズ法で痛みを逃すみたいにして悲しみを逃すように短く息を吐く。
力の入らない手足がチリチリと震えている。
涙が後から後から出てくる。
胸にある感情は悲しみというより痛み。
そして痛みの何倍ものごめんねという気持ち。
助けてあげられなくて、生きていてごめんと思う。
弟のLINEに送りそうになる。ごめんねって。
謝るからさ、もう許して。こんなのひどいよ。あんまりだよって。
あの子が私を許してくれないことなんて今まで一度もなかったから。
ねぇ、誰?誰がそんなにあなたを追い詰めたの?
誰?
ねぇ、殺すから教えてよ。
ああ、また呼吸が止まってる。
隣に暖かな子が寝息をたてていることが私をとどめてくれる。
それにしても少しも楽にならない。
楽にならない方がいいんだけど、それが救えなかった私への罰なんだから。
私はどこかで弟を軽んじていた。いつものんびりとしていて、優しくて、何を言ってと笑顔できいてくれるし。
私が電話すると必ず出てくれた。船の上にいても。「お姉ちゃんどうしたの?」と。
だから大丈夫だと思っていた。
震災の後に塞ぐようになって、自衛隊を辞めて、就職したけど、ずっと体調が悪くてどれも長く続かなくて、それを親に責められて実家と絶縁していた。
それでも私にはたまに連絡をくれて何でもない話をしていた。
息子とテレビ電話でよく話してくれていた。
賢いなあ、かわいいなあと言っていた。笑っていた。普通に笑っていたんだよ。だから大丈夫だと思ってしまった。
あの笑顔は無理していたのだ。
私に気を使っていたんだ。
考えてみればいつ電話しても横になっていた。
よく思い出してみれば、あの子らしくないネガティブな発言が多くなっていた。
私はきっと相手が夫ならこれは鬱だと気がついただろう。
病院に連れて行っただろう。
でも弟は大丈夫だと思った。
大丈夫と思った?
違う。本気で彼のことを考えてなかった。
奥さんが、お友達が私なんかより近くにいるんだから、心配ないと思いたかっんだと思う。
私は本当にバカだ。
救いようがない。
許されない。
ごめんなさい。
弟が昔、私に貸してくれた『猫にかまけて』(著 町田康)を本棚から出してみる。
実家には彼が高校の校庭に捨てられていたのを連れて帰って来た18歳の猫がいる。
猫まだいるのにね。
変なの。
お願いだから誰が嘘だと言ってくれ。
バカな私を懲らしめるための冗談だったと。
ごめんごめん本気にした?と笑って出てきてよ。お願いだよ。
その可能性をまだ捨ててないんだよ。
だから息ができるんだよ。
お願いだよ。